開示
著作権・AI規制・税金
Anthropicの上場申請書類(S-1)が書く「法と税」のリスク
この回は、上場申請書類(S-1)の「事業等のリスク」から、著作権訴訟、AI規制、プライバシー、税務・会計の部分を読みます。いちばん意外なのは税金です。2026年1〜6月の税引前損失は807億2,700万ドルですが、計上した法人税等は2,100万ドルでした。会社自身が「これまで法人所得税はほとんど払う必要がなかった」と書いています。一方で、書籍の著作権をめぐる集団訴訟は15億ドルで和解しました。
この記事の要点
Anthropicの上場申請書類(S-1)から、著作権・AI規制・プライバシー・税務会計のリスクを読みます。書籍の著作権をめぐるBartz訴訟は15億ドルで和解し、2025年中に3億ドルを支払済み。2026年1〜6月の税引前損失807億2,700万ドルに対し、法人税等は2,100万ドルでした。繰越欠損金の制限やデジタルサービス税など、会計士の目で要点を整理します。
先に見ておくと分かりやすいもの
著作権:15億ドルで和解した Bartz 訴訟
2024年8月、作家のグループが Anthropic を訴えました。モデルを作る過程で、著作権のある書籍を無断で複製したという主張です。この訴訟は Bartz(バーツ)訴訟と呼ばれています。
会社は不正を認めていません。それでも2025年9月に和解に合意しました。
原文(S-1 リスク要因・知的財産)
in September 2025, we reached an agreement to settle a copyright infringement class action, captioned Bartz, et al. v. Anthropic PBC (“Bartz”), for $1.5 billion, which was approved by the district court in July 2026.
日本語訳:2025年9月、当社は Bartz, et al. v. Anthropic PBC(「Bartz」)という著作権侵害の集団訴訟を15億ドルで和解することに合意し、この和解は2026年7月に連邦地方裁判所で承認されました。
和解金は、損益計算書に独立した1行として載っています。2025年7〜9月期に、15億ドル(1,500百万ドル)を費用に計上しました。2025年の売上高45億8,500万ドル(4,585百万ドル)の 33% にあたります。
財務諸表の注記(決算書の説明書き)を見ると、払い方も分かります。
| 時点 | 内容 | 金額 |
|---|---|---|
| 2025年中 | 支払済み | 3億ドル(300百万ドル) |
| 2025-12-31 | 流動負債(1年以内に払う未払金など) | 7億5,000万ドル(750百万ドル) |
| 2025-12-31 | 固定負債(1年を超えて払うもの) | 4億5,000万ドル(450百万ドル) |
| 2026-06-30(未監査) | 流動負債 | 12億ドル |
300+750+450=1,500百万ドルで、和解額と一致します。2026-06-30 時点では、残りの12億ドルがすべて1年以内に払う負債に移っています。
訴訟は Bartz で終わりではありません。注記によると、和解に加わらなかった作家や出版社が、個別に訴えを起こしています。
フェアユースと「他社の判決」
会社は、学習データの使い方は米国著作権法の「フェアユース」(一定の条件で許可なく利用できる考え方)にあたる、と考えています。ただし、AIの学習にこの考え方がどう当てはまるかは、まだ裁判所で決着していません。米国外では、フェアユースを一般に認めない国もあると書いています。
目を引くのは、自社以外の訴訟にも触れている点です。他のAI開発会社に不利な判決が出れば、自社のやり方が違っても業界全体に効く判例になりうる、としています。最悪の場合として、次の一文があります。
原文(S-1 リスク要因・知的財産)
an adverse ruling against us or another company in our industry could result in injunctive relief that restricts our ability to use or distribute models trained on the data at issue or could require us to retrain affected models from scratch at substantial cost.
日本語訳:当社または業界の他社に不利な判決が出れば、問題のデータで学習したモデルの使用や配布を制限する差止めにつながるか、影響を受けるモデルを多額の費用をかけてゼロから学習し直す必要が生じる可能性があります。
学習データの集め方も具体的です。ネット上の公開情報、第三者からライセンスを受けた・委託したデータ、自社モデルが作った合成データを使います。公開情報の収集には、ウェブのスクレイピングやクローリング、書籍のスキャンなどを用いると書いています。
ほかにも係属中の訴訟が並びます。
| 訴訟 | 主張の内容 | S-1 の記載 |
|---|---|---|
| 音楽出版社(Concord、BMG、Sony Music Publishing ほか) | 歌詞などの著作権侵害と、著作権管理情報の削除 | 最初の訴えは2023年10月。2026年1〜10月にも複数の訴え |
| Reddit, Inc. | Reddit 上の投稿への不正アクセス | 2025年6月に州裁判所へ提訴。2025-07-03 に連邦裁判所へ移送を申し立て、2026-03-30 に州裁判所へ差し戻し |
| カナダの4件 | 書籍や報道記事を学習に使ったことによる著作権侵害 | 2025年5月・7月の集団訴訟2件ほか |
さらに、一部の契約では、モデルや出力が他人の知的財産を侵害したと訴えられたときに、顧客を「上限なし」で守り補償する義務を負っています。
原文(S-1 リスク要因・知的財産)
certain of our agreements require us to defend and indemnify the counterparty, without a cap on our liability
日本語訳:当社の一部の契約は、当社の責任に上限を設けずに、相手方を防御し補償することを当社に求めています
AI規制:EU AI Act と米国の州法
AI規制は、国や地域で中身が大きく違います。S-1 は EU の AI 規則(EU AI Act)を例に挙げています。2024年8月に発効し、移行期間を経て全面適用されます。違反には多額の制裁金があると書いています。
事故の報告義務も具体的です。システミックリスク(社会全体に及ぶリスク)のある汎用AIモデルの提供者は、重大な事故を記録し、EU の AI Office などへ「遅滞なく」報告しなければなりません。
米国については、AI規制の枠組みは「断片的で不確実」と書いています。ニューヨーク州とカリフォルニア州は AI 安全法を成立させました。フロンティアモデル(最先端のAIモデル)の提供者に特化した事故報告の法律として、ニューヨーク州の RAISE Act と、カリフォルニア州の Transparency in Frontier Artificial Intelligence Act を挙げています。
米国で提案されている法案の中身には驚かされます。
原文(S-1 リスク要因・規制)
proposed legislation in the United States contemplates more expansive governmental oversight of AI, including potential nationalization, mandatory shutdown or discontinuation requirements for frontier AI systems
日本語訳:米国で提案されている法案は、国有化の可能性や、フロンティアAIシステムの強制的な停止・中止の要件を含む、AIに対するより広範な政府の監督を想定しています
さらに、2026年6月には米連邦政府が大統領令を出しました。フロンティアAIの開発者が、公開前に政府と協議する「任意の」枠組みです。
独特なのは、会社が自ら規制を求めている点です。会社が提唱する規制が実現すれば、自社にも適用され、開発や公開の時期に影響しうると認めています。
その主張が、逆に訴訟を招いてもいます。2026年9月、Anthropic を含むフロンティアAI各社が「開発のペースを遅らせることで競争を制限した」として、独占禁止法(シャーマン法1条)違反の集団訴訟を起こされました。原告は損害額の3倍の賠償を求めています。会社は争う方針です。
プライバシー:安全のために個人データを扱う
個人データについては、EU の一般データ保護規則(GDPR)など、国や地域ごとに異なる法律の対象になります。学習・改良・推論でのデータの扱いについて、義務違反などを主張されたことがある、と書いています。
AIの安全性を理由に個人データを扱う場面がある、という項目もあります。たとえ安全目的でも、漏えいが起きたときの害や訴訟のリスクは高まると書いています。もともとAIの安全性を想定していない法律が当てはめられつつある、とも述べています。
税務:法人税をほとんど払ってこなかった会社の税リスク
まず、損益計算書の数字を並べます。
| 期間 | 税引前損失 | 法人税等の計上額 |
|---|---|---|
| 2023年 | 15億2,900万ドル(1,529百万ドル) | 200万ドル(2百万ドル) |
| 2024年 | 83億800万ドル(8,308百万ドル) | 100万ドル(1百万ドル) |
| 2025年 | 419億4,500万ドル(41,945百万ドル) | 2,000万ドル(20百万ドル) |
| 2026年1〜6月 | 807億2,700万ドル(80,727百万ドル) | 2,100万ドル(21百万ドル) |
2025年の増加は、主に海外事業に伴う外国税の増加によると説明しています。会社は税金について、こう書いています。
原文(S-1 リスク要因・税務と会計)
Although we have not been required to pay income taxes, other than in immaterial amounts in certain jurisdictions to date
日本語訳:当社はこれまで、一部の地域での重要性のない金額を除き、法人所得税を支払う必要はありませんでしたが
ただし、今後もそうとは限りません。S-1 が挙げる税のリスクは、主に次の5つです。
| 論点 | S-1 の記載 |
|---|---|
| 恒久的施設(PE。その国で課税される拠点) | 海外での採用、雇用代行業者(EOR)の利用、データセンターなどの活動が、PE などの課税拠点を「生んだ」。現地法人の設立前に既存の会社で暫定契約を結んでおり、取り戻せない付加価値税(VAT)が重要な金額になりうる |
| グローバル・ミニマム課税 | 15%の最低税率が EU の一部などで国内法化済み。2026-01-05 に OECD が、米国に親会社がある多国籍グループ向けの「side-by-side」セーフハーバー(選択すると一部の規定が免除される仕組み)を公表 |
| 売上税・デジタルサービス税 | 売上税は一部の地域で徴収済み。デジタルサービス税は、一般にその国の利用者から得た総収入にかかる |
| 繰越欠損金(過去の赤字を将来の黒字と相殺する仕組み) | 5%株主の持分が3年間で50ポイント超増えると、使える額が毎年制限される。過去にこの「所有権の変更」があり、今回の上場でも起こりうる。2017-12-31 より後に始まる年度に生じた連邦の欠損金は、課税所得の80%までしか使えない |
| 移転価格(グループ会社間の取引価格) | 当局が知的財産の性格づけや評価で異なる立場をとる可能性。否認されれば二重課税や、引当金を超える追徴もありうる |
繰越欠損金は、黒字になったときに税金を減らす「将来の財産」です。会社は、黒字になっても欠損金の全部または大部分を使えない可能性がある、と書いています。
会計:見積りと内部統制
会計のリスクとして、見積りと判断の多さを挙げています。対象は、収益認識、株式報酬、普通株式の評価、転換社債などの公正価値(その時点の時価)、リース、法人税、偶発損失(将来負けるかもしれない訴訟などの損失)です。
この中で金額が大きいのが、転換社債などの公正価値です。2026-06-30 時点の累積欠損(これまでの赤字の累計)は1,329億ドルです。このうち1,132億ドルは、2023年以降の転換社債などの公正価値の変動によるものです。さらにそのうち724億ドルが、2026年1〜6月の分です。
内部統制(決算を正しく作るための社内の仕組み)にも触れています。財務報告の元データの一部は、販売パートナーなどの第三者が処理・保管しています。会社がその第三者の統制を監査・是正する力は限られる、と認めています。経営者による内部統制の評価報告は、上場後2回目の年次報告書(Form 10-K)から始まります。
会計士の読みどころと、次回
Bartz の和解は、訴訟が決算書にどう現れるかの見本です。損益計算書に一度に費用を計上し、払い終わるまでは負債として残ります。今回は、支払済み・1年以内・1年超の3つに分けて開示されていました。
税金の数字は、会社の説明どおりです。税引前損失が807億2,700万ドルあっても、法人税等は2,100万ドルにとどまります。会社は、これまで一部の地域の重要性のない金額を除き、法人所得税を払う必要がなかったと書いています。ただし S-1 は、黒字化した後に効いてくる繰越欠損金の制限に加え、赤字の今でも問題になりうる PE、VAT、デジタルサービス税などの論点を細かく書いています。
なお、この記事は2026-10-26に提出された初回のS-1に基づいています。公開価格や株数などは空欄で、今後の訂正版(S-1/A)で数字や記載が変わる可能性があります。また、特定の株式の売買をすすめるものではなく、投資判断の助言でもありません。
次回は、Anthropic の統治の仕組みを読みます。長期利益信託(LTBT)と、たった1株で議決権の50.1%を持つ Class F 株について、原文の2つのリスク項目を、要所の原文とともに読みます。
よくある質問
Anthropic は著作権訴訟でいくら払ったのですか?
2024年8月、作家のグループが Anthropic を訴えました。モデルを作る過程で、著作権のある書籍を無断で複製したという主張です。この訴訟は Bartz(バーツ)訴訟と呼ばれています。→ 本文で読む
Bartz 訴訟の和解金は、決算書にどう載っていますか?
2024年8月、作家のグループが Anthropic を訴えました。モデルを作る過程で、著作権のある書籍を無断で複製したという主張です。この訴訟は Bartz(バーツ)訴訟と呼ばれています。→ 本文で読む
S-1 には、どんなAI規制が書かれていますか?
AI規制は、国や地域で中身が大きく違います。S-1 は EU の AI 規則(EU AI Act)を例に挙げています。2024年8月に発効し、移行期間を経て全面適用されます。違反には多額の制裁金があると書いています。→ 本文で読む
Anthropic は法人税をどれくらい払っていますか?
2025年の増加は、主に海外事業に伴う外国税の増加によると説明しています。会社は税金について、こう書いています。 日本語訳:当社はこれまで、一部の地域での重要性のない金額を除き、法人所得税を支払う必要はありませんでしたが→ 本文で読む
繰越欠損金にはどんな制限があると書かれていますか?
2025年の増加は、主に海外事業に伴う外国税の増加によると説明しています。会社は税金について、こう書いています。 日本語訳:当社はこれまで、一部の地域での重要性のない金額を除き、法人所得税を支払う必要はありませんでしたが→ 本文で読む
出典
- Anthropic, PBC「Form S-1 Registration Statement」2026年10月26日提出(米国証券取引委員会 EDGAR)
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2130357/000162828026067168/anthropicpbc-sx1.htm
この記事は、記載時点で公表されている法令・通達・国税庁の資料にもとづいて書いています。制度は改正されることがあり、また個別の事情によって取扱いは変わります。実際のご判断にあたっては、税理士にご相談いただくか、所轄の税務署にお確かめください。当事務所は本記事の情報を用いて行われた判断について責任を負いかねます。
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