開示
Anthropicの上場申請書類(S-1)を読む①
Claudeの会社は何者で、何を上場するのか
AIのClaudeを作るAnthropic, PBCが、2026-10-26に米国の証券取引委員会(SEC)へ上場の届出書を出しました。この回では、その書類が何で、会社が何者で、何を上場しようとしているのかを整理します。いちばん意外なのは株の仕組みです。創業者側に渡るたった1株が、議決権全体の50.1%を持つと書かれています。連載全10回の地図も最後に示します。
この記事の要点
Claudeを開発するAnthropic, PBCが2026-10-26に米SECへ上場の届出書(Form 上場申請書類(S-1))を出しました。売上は2023年の4,100万ドルから2025年の45億8,500万ドルへ。直近12か月の売上が10万ドル以上の顧客は11,900社超です。上場するのはClass A株で、ティッカーは「ANT」。5種類の株を持つ独特の仕組みと、連載全10回の地図を会計士が案内します。
先に見ておくと分かりやすいもの
上場申請書類(S-1)とは何か
Form S-1は、米国で株式を初めて公開するときにSECへ出す登録届出書です。日本でいえば、上場のときに出す有価証券届出書にあたります。会社の事業、リスク、財務、経営体制、株の仕組みまでを、投資家向けに一冊にまとめたものです。
表紙には、提出日がはっきり書かれています。
原文(S-1 表紙)
As filed with the Securities and Exchange Commission on October 26, 2026.
日本語訳:2026年10月26日に証券取引委員会へ提出。
ただし、この版は「初回」の公開版です。表紙の目論見書の部分には、まだ完成していないという断り書きがあります。
原文(S-1 表紙・目論見書)
The information in this preliminary prospectus is not complete and may be changed.
日本語訳:この仮目論見書の情報は完全ではなく、変更されることがあります。
実際に、公開価格の欄は「$ and $」と数字が入っていません。会社が売る株数、既存株主が売る株数、手取額も空欄です。こうした数字は、今後の訂正版(S-1/A)で埋まったり変わったりしえます。この連載でも、空欄のところは空欄のまま扱います。
会社の住所はカリフォルニア州サンフランシスコ、設立準拠法はデラウェア州です。表紙の業種コード(米国の標準産業分類の番号)の欄には 7372 と書かれています。
Anthropicは何者か
S-1の要約は、会社の自己紹介から始まります。創業は2021年、研究者のチームが立ち上げた会社です。自分たちを、まず「研究所」だと位置づけています。
原文(S-1 目論見書の要約)
We are first and foremost a research lab
日本語訳:私たちは何よりもまず研究所です。
使命は「人類の長期的な利益のための、先進AIの責任ある開発と維持」です。この言葉は、後で説明する会社の形(PBC)とも直結しています。
主力のAIはClaudeです。モデルそのもの、開発者向けのプラットフォーム、利用者向けのアプリの3つの形で届けています。要約の2段落目には、強い表現が出てきます。
原文(S-1 目論見書の要約)
Claude has experienced the fastest enterprise adoption of any technology in history
日本語訳:Claudeは、あらゆる技術の歴史の中で、最も速い企業導入を経験してきました。
根拠として示されているのは売上です。2023年第1四半期の商用開始時点は 0ドル でした。そこから2026年7〜9月の売上へ伸びた、と書かれています。ただし、その2026年7〜9月の売上の金額は空欄です。言い切りの強さと、数字の空欄が同じ1文に並んでいる。これが初回版S-1らしいところです。
目指す先として、要約には「データセンターの中の天才の国(a country of geniuses in a data center)」という言葉も出てきます。会社が描く将来像を示す言葉で、要約と事業の章の2か所に出てきます。
数字で見る、いまの規模
空欄が多い一方で、過去の実績はかなり具体的に書かれています。まず売上です。
| 期間 | 売上 |
|---|---|
| 2023年(1〜12月) | 4,100万ドル(41百万ドル) |
| 2024年(1〜12月) | 3億8,600万ドル(386百万ドル) |
| 2025年(1〜12月) | 45億8,500万ドル(4,585百万ドル) |
| 2025年1〜6月 | 11億6,300万ドル(1,163百万ドル) |
| 2026年1〜6月 | 162億8,600万ドル(16,286百万ドル) |
2026年1〜6月の売上は、前年同期の約14倍です(16,286÷1,163=14.0、筆者の計算)。原文の増加率は +1,300% です。半年で、2025年の1年分の3倍を超えています。
顧客の数も、2026-09-30時点で次のように書かれています。TTM(直近12か月)の売上で数えた数字です。
| 顧客の区分(TTMの売上) | 顧客数 |
|---|---|
| 10万ドル以上 | 11,900社超 |
| 100万ドル以上 | 1,900社超 |
| 1,000万ドル以上 | 約250社 |
もう一つ目を引くのが、Net Revenue Retention(売上継続率)です。2026-09-30時点で 約900% と書かれています。S-1の定義では、1年前の3か月に売上があった顧客について、直近3か月の売上を1年前の3か月の売上で割って求めます。Claude ProとMaxという定額プランの加入者は除きます。同じ顧客群からの3か月の売上が、1年で約9倍になったことを示す数字です。
従業員1人あたりのTTM売上は、2026-09-30時点で660万ドル超です。1年前(2025-09-30時点)は140万ドルでした。
お金の面では、2026-06-30時点で累計1,411億ドルを調達しています。同じ日の現金及び現金同等物は1,124億ドル、短期投資は193億ドルです。
一方で、2026年1〜6月の純損失は807億4,800万ドル(80,748百万ドル)です。売上の約5倍の赤字に見えます。この数字の正体は、次回くわしく扱います。
何を上場するのか
公開するのはClass A普通株です。上場先と銘柄コード(ティッカー)は表紙に書かれています。
原文(S-1 表紙・目論見書)
We have applied to list our Class A common stock on the Nasdaq Global Select Market under the symbol "ANT."
日本語訳:当社は、Class A普通株式を「ANT」の銘柄コードでナスダック・グローバル・セレクト・マーケットに上場申請しました。
上場するのはClass Aだけですが、上場後の普通株は5種類に分かれます(いまある優先株は、上場の直前に普通株へ転換されます)。要約の表をもとに整理すると次のとおりです。
| 種類 | 1株の議決権 | 経済的な権利 | 主な持ち主・特徴 |
|---|---|---|---|
| Class A | 1 | あり | 公開する株 |
| Class N | 0(法律で必要な場合を除く) | あり | 主に事業上の提携先。公募・市場での売却や、条件を満たす第三者への譲渡でClass Aに転換 |
| Class T | 1(Class T取締役の選任など限定) | なし(清算時は額面のみ) | 長期利益信託(LTBT)が保有。1株 |
| Class F | 議決権全体の50.1% | なし(清算時は額面のみ) | 共同創業者のLLCが保有。1株 |
| Class E | 1(限られた事項のみ) | なし(清算時は額面のみ) | 共同創業者を除く従業員向け。上場時点は0株 |
Class AとClass Nの権利は、議決権と転換の点を除けば同じです。Class Nは議決権がない代わりに、配当などの経済的な権利はClass Aと同じです。一方、Class T・F・Eは配当を受けず、清算のときも1株あたり額面(0.00001ドル)を受け取るだけです。
株数の前提として、2026-09-17に株式の分割も行われています。Class AとClass Nは 10対1の分割(1株を10株に)、Class Tは1,000株を1株にまとめる併合です。S-1の過去の株数や1株あたりの数字は、この分割を反映して書き直されています。
普通の上場会社とちがうところ
表紙には「We have a novel capital and corporate governance structure.(当社は新しい資本構成と企業統治の仕組みを持っています)」とあります。まず会社の種類が、デラウェア州法のパブリック・ベネフィット・コーポレーション(PBC。株主の利益だけでなく、定めた公益目的との均衡もとりながら経営する会社)です。
原文(S-1 表紙・目論見書)
As a public benefit corporation, we are required to balance the pecuniary interests of our stockholders, the best interests of those materially affected by our conduct, and the specific public benefit purpose
日本語訳:パブリック・ベネフィット・コーポレーションとして、当社は株主の金銭的利益、当社の行動により重大な影響を受ける人々の最善の利益、そして特定の公益目的との均衡をとることを求められます。
次に、取締役の選び方です。2023年に、長期利益信託(Long-Term Benefit Trust、LTBT)という仕組みを入れました。金銭的な利害を持たない受託者で構成するLTBTが、Class T株を通じて取締役会の過半数を選び、解任もできます。受託者の定数は5人ですが、いまは1席が空いています。
さらに上場の直前に、Class F株が 1株だけ 発行されます。持ち主は、7人の共同創業者が構成員のLLC(Founder LLC)です。この1株が、株主が決める事項について議決権全体の50.1%を持ちます。ただし配当は受けず、清算のときも額面を受け取るだけです。
また、LTBTが取締役会の過半数を選べるため、会社は自らがナスダックの「controlled company(支配株主のいる会社)」にあたると書いています。この仕組みは第9回でくわしく読みます。
お金の使い方にも、独特の約束があります。
- Class N株846,840,960株を、全額出資の子会社「Anthropic Public Benefit Fund」に拠出しました。2026-06-30時点の完全希薄化後株式の5%にあたります(Amazonの転換社債の全額転換を仮定)
- 株価が直前の節目から50%上がるたびに、発行済株式の最大2%を追加で拠出できる枠組みを取締役会が承認しています。起点は公開価格です
- 共同創業者はそれぞれ、自分のAnthropic株式の 80% を慈善目的に充てると誓約しています
まだ空欄のところ
初回版S-1を読むときは、「何が書かれていないか」も大事な情報です。この版で空欄になっている主なものは次のとおりです。
| 項目 | この版での扱い |
|---|---|
| 想定公開価格(価格帯) | 空欄 |
| 会社が売る株数・売出株主が売る株数 | 空欄 |
| 会社の手取額 | 空欄 |
| 2026年7〜9月の売上 | 空欄 |
| 計算資源などの購入契約の総額 | 空欄 |
| Amazonの転換社債のうち上場時に転換する元本 | 空欄 |
財務諸表の数字は、2026-06-30までの6か月が最新です。顧客数や売上継続率などの指標は2026-09-30時点まで書かれていますが、7〜9月の損益の数字はまだ出ていません。
会社の評価額や上場日は、この版には書かれていません。公開価格も空欄です。そのため、この連載ではどれも推測で書きません。
連載の地図
全10回で、S-1を次の順に読んでいきます。
| 回 | テーマ |
|---|---|
| 第1回 | 概要:S-1とは何か、会社は何者で、何を上場するのか |
| 第2回 | 損益:売上の伸びと、純損失807億ドルの正体、調整後の黒字 |
| 第3回 | 計算資源:4系統のチップと、巨額の購入契約 |
| 第4回 | 事業:Claude・Claude Code・Claude Coworkと顧客、販路 |
| 第5回 | 事業等のリスク①:最先端モデル、計算資源、競争、集中 |
| 第6回 | 事業等のリスク②:米国政府との関係、輸出規制、国家安全保障 |
| 第7回 | 事業等のリスク③:AIの悪用と意図しない振る舞い(要所を原文で読む) |
| 第8回 | 事業等のリスク④:著作権訴訟、AI規制、プライバシー、税務 |
| 第9回 | ガバナンス:PBC、LTBT、Class F株、Public Benefit Fund(要所を原文で読む) |
| 第10回 | まとめ:会計士の目で読むS-1の10のポイント |
この記事は、2026-10-26に提出された初回のS-1だけをもとにしています。公開価格や株数などは空欄で、今後の訂正版(S-1/A)で数字が埋まったり、内容が変わったりすることがあります。また、この記事は投資判断の助言ではありません。
次回は、売上と損益の数字に入ります。売上が急に伸びているのに、なぜ純損失が807億ドルにもなるのか。その中身を、損益計算書の行ごとに分けて見ていきます。
よくある質問
Form S-1とは何ですか。日本の書類でいうと何にあたりますか。
Form S-1は、米国で株式を初めて公開するときにSECへ出す登録届出書です。日本でいえば、上場のときに出す有価証券届出書にあたります。会社の事業、リスク、財務、経営体制、株の仕組みまでを、投資家向けに一冊にまとめたものです。→ 本文で読む
この版のS-1で、公開価格は分かりますか。
Form S-1は、米国で株式を初めて公開するときにSECへ出す登録届出書です。日本でいえば、上場のときに出す有価証券届出書にあたります。会社の事業、リスク、財務、経営体制、株の仕組みまでを、投資家向けに一冊にまとめたものです。→ 本文で読む
Anthropicの売上はどのくらい伸びていますか。
2026年1〜6月の売上は、前年同期の約14倍です(16,286÷1,163=14.0、筆者の計算)。原文の増加率は +1,300% です。半年で、2025年の1年分の3倍を超えています。→ 本文で読む
上場するのはどの株で、ティッカーは何ですか。
公開するのはClass A普通株です。上場先と銘柄コード(ティッカー)は表紙に書かれています。 日本語訳:当社は、Class A普通株式を「ANT」の銘柄コードでナスダック・グローバル・セレクト・マーケットに上場申請しました。→ 本文で読む
Class F株とは何ですか。なぜ1株で議決権の50.1%を持つのですか。
表紙には「We have a novel capital and corporate governance structure.(当社は新しい資本構成と企業統治の仕組みを持っています)」とあります。まず会社の種類が、デラウェア州法のパブリック・ベネフィット・コーポレーション(PBC。株主の利益だけでなく、定めた公益目的との均衡もとりながら経営する会社)です。→ 本文で読む
出典
- Anthropic, PBC「Form S-1 Registration Statement」2026年10月26日提出(米国証券取引委員会 EDGAR)
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2130357/000162828026067168/anthropicpbc-sx1.htm
この記事は、記載時点で公表されている法令・通達・国税庁の資料にもとづいて書いています。制度は改正されることがあり、また個別の事情によって取扱いは変わります。実際のご判断にあたっては、税理士にご相談いただくか、所轄の税務署にお確かめください。当事務所は本記事の情報を用いて行われた判断について責任を負いかねます。
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