開示
Anthropicの上場申請書類(S-1)を読む②
売上162億ドルと純損失807億ドルが並ぶ理由
Anthropicの上場申請書類(S-1)で、いちばん目を疑う数字は2026年1〜6月の純損失です。売上162億8,600万ドルに対して、純損失は807億4,800万ドルと書かれています。この回では、売上の伸び方、費用の中身、そして巨額の純損失がどこから来たのかを、損益計算書の行ごとに分けて見ます。結論を先に言うと、純損失の9割近くは、本業の外で生じた「転換社債などの時価の変動」でした。
この記事の要点
Anthropicの上場申請書類(S-1)によると、2026年1〜6月の売上は162億8,600万ドルで前年同期比+1,300%。同じ期間の純損失は807億4,800万ドルです。ただしその9割近い723億8,800万ドルは、転換社債などの公正価値(時価)の変動でした。調整後の純損益は26億7,100万ドルの黒字。損益計算書を行ごとに分けて読みます。
先に見ておくと分かりやすいもの
売上:3年半で400倍近く
まず、S-1の損益計算書に載っている売上を並べます。単位は百万ドルです。
| 期間 | 売上 | 前年(同期)比 |
|---|---|---|
| 2023年(1〜12月) | 41 | — |
| 2024年(1〜12月) | 386 | +841% |
| 2025年(1〜12月) | 4,585 | +1,088% |
| 2025年1〜6月 | 1,163 | — |
| 2026年1〜6月 | 16,286 | +1,300% |
2026年1〜6月の162億8,600万ドル(16,286百万ドル)は、2023年1年分の約397倍です(16,286÷41=397.2、筆者の計算)。2025年1年分と比べても、半年で3倍を超えています。
ただ、会社自身はこの伸びが続くとは書いていません。MD&A(経営者による財政状態と経営成績の検討と分析)には、こうあります。
原文(S-1 MD&A)
We expect our revenue growth rate to decline over time and to fluctuate from period to period.
日本語訳:当社は、売上の伸び率が時間とともに低下し、期によって変動すると見込んでいます。
四半期で見ると、2026年4〜6月に営業黒字
半年ごとの数字だと、変化の速さが見えにくくなります。S-1には3か月ごとの数字も載っています。単位は百万ドルです。
| 3か月 | 売上 | 計算資源・インフラ費用 | 営業損益 |
|---|---|---|---|
| 2025年1〜3月 | 376 | 944 | (935) |
| 2025年4〜6月 | 787 | 1,390 | (1,200) |
| 2025年7〜9月 | 1,382 | 2,047 | (3,089) |
| 2025年10〜12月 | 2,040 | 2,945 | (2,836) |
| 2026年1〜3月 | 4,731 | 3,387 | (1,667) |
| 2026年4〜6月 | 11,555 | 5,558 | 974 |
2026年4〜6月の売上115億5,500万ドルは、2025年1年分(45億8,500万ドル)の2.5倍です(11,555÷4,585=2.52、筆者の計算)。そしてこの3か月で、初めて営業損益が 9億7,400万ドルの黒字 になりました。営業利益率は8%です。
鍵は計算資源の費用です。売上に対する割合は、2025年1〜3月の251%から、2026年4〜6月には48%まで下がりました。会社の説明では、計算資源の大半は、使えるようになる12〜18か月前に複数年の契約で確保します。そのため費用は短期的にはおおむね固定で、売上の伸びが費用の伸びを上回ると比率が下がります。一方、足りない分は割高な短期の契約で補っており、短期の契約の利用は近いうちに増える見込みだと書かれています。
原文(S-1 MD&A・四半期の傾向)
Compute and infrastructure expenses as a percentage of revenue decreased from 251% to 48% over the same period
日本語訳:計算資源・インフラ費用の売上に対する比率は、同じ期間に251%から48%へ低下しました。
2025年7〜9月の営業損失が大きいのは、Bartz訴訟の和解金 15億ドル をこの3か月に計上したためです。訴訟の中身は第8回で扱います。
何で稼いでいるか:使った分だけ払う
売上は大きく2つに分かれます。1つは、使った量(トークン。AIが文章や画像などを処理するときの最小の単位)に応じて払う従量課金です。会社は「pay-for-intelligence」と呼んでいます。もう1つは、月や年で前払いするサブスクリプションです。
| 区分 | 2024年 | 2025年 | 2026年1〜6月 |
|---|---|---|---|
| 従量課金 | 2億8,800万ドル(75%) | 38億ドル(83%) | 131億ドル(80%) |
| サブスクリプション | 9,800万ドル(25%) | 7億8,900万ドル(17%) | 32億ドル(20%) |
2023年の4,100万ドルは、ほぼ全部が従量課金でした。売上の8割前後が「使われた量」で決まる構造です。
もう一つ、S-1には珍しい開示があります。後になって利用規約や商用条件に違反していると分かった顧客からの売上も含まれている、というのです。
原文(S-1 MD&A)
we estimate that revenue from such customers represented approximately 5% to 7% of our revenue for the nine months ended September 30, 2026.
日本語訳:当社は、そうした顧客からの売上が、2026年9月30日に終わる9か月の売上のおよそ5〜7%を占めたと見積もっています。
検知と調査に時間がかかるため、アクセスを止める前のサービス提供分は売上に計上している、という説明です。2026年8〜9月に検知と対応を強めたので、今後この割合は下がる見込みだと書かれています。
純損失807億ドルの正体
ここからが本題です。2026年1〜6月の損益計算書を、上から順に追います。単位は百万ドルです。
| 行 | 2026年1〜6月 |
|---|---|
| 売上 | 16,286 |
| 営業費用合計 | (16,979) |
| 営業損失 | (693) |
| 受取利息 | 1,111 |
| 転換社債・デリバティブ負債・SAFEの公正価値の変動 | (72,388) |
| その他の収益(費用)純額 | (8,757) |
| 法人所得税 | (21) |
| 純損失 | (80,748) |
本業の結果である営業損失は6億9,300万ドルです。純損失807億4,800万ドルとの差の大半は、営業損失より下の2行で生じています。
1つ目は、転換社債などの公正価値(その時点の時価)の変動による723億8,800万ドルです。転換社債は、将来株式に転換できる社債です。会社はこれを時価で貸借対照表に載せる方法(米国基準のASC 825による公正価値オプション)を選んでいます。原文は、この損失の理由を次のように説明しています。
原文(S-1 MD&A)
primarily driven by an increase in the fair value of our outstanding convertible promissory notes resulting from an increase in our enterprise valuation
日本語訳:主に、当社の企業価値の上昇によって、発行済みの転換社債の公正価値が増加したことによるものです。
S-1には、Amazonが持つ転換社債の表もあります。元本は合計62億0,300万ドルで、1株あたりの転換価格は2.0928ドルと5.0478ドルと書かれています。上場時は、Amazonの持ち株の上限の範囲で、この固定価格と公開価格のうち低い方の価格でClass N株に転換されます。上限を超えて転換できない分は、上場後の四半期末ごとに転換されます。会社の価値が上がるほど、社債を持つ側が得る株の価値が上がります。その分、会社の側では負債の時価が増え、損失として計上されるのです。
四半期で見ると、この損失は2026年4〜6月だけで595億9,700万ドルでした。原文は、シリーズHの資金調達に伴う企業価値の上昇を反映したもの、と説明しています。この3か月は営業利益9億7,400万ドルの黒字なのに、純損失は663億900万ドルです。
2つ目は、「その他の収益(費用)」の87億5,700万ドルです。主な中身は、2026年に結んだ新しい社債購入契約(NPA)で計上した資産・負債の、最初の時価計上と、その後の時価の変動です。
1つ目の公正価値の変動は、2026-06-30時点の累積欠損(これまでの損失の累計)にも大きく表れています。累積欠損1,329億ドルのうち、1,132億ドルは2023年以降の転換社債とデリバティブ負債の公正価値の変動によるものだと書かれています。
原文は、こうした変動を株式への転換などで決着するまで計上し続けると書いています。
原文(S-1 MD&A)
We will continue to recognize changes in fair value until these instruments are converted into equity, repaid, or otherwise settled.
日本語訳:当社は、これらの金融商品が株式に転換されるか、返済されるか、その他の方法で決済されるまで、公正価値の変動を認識し続けます。
調整後で見ると黒字
S-1は、米国の会計基準(GAAP)の数字に加えて、会社独自の「調整後」の数字も示しています。調整後の営業損益は、営業損益に3つを足し戻したものです。株式報酬費用、非現金の寄付(従業員の寄付への上乗せ制度の費用)、Bartzの和解金です。
| 項目(百万ドル) | 2025年1〜6月 | 2026年1〜6月 |
|---|---|---|
| 営業損失(GAAP) | (2,135) | (693) |
| +株式報酬費用 | 286 | 2,185 |
| +非現金の寄付 | — | 126 |
| =調整後営業損益 | (1,849) | 1,618 |
| 調整後営業利益率 | (159)% | 10% |
調整後の純損益は、純損失に株式報酬費用・非現金の寄付・Bartzの和解金を足し戻し、さらに公正価値の変動2つを足し戻します。2つとは、転換社債などの723億8,800万ドルと、一部の時価評価の金融商品の87億2,000万ドルです。「その他の収益(費用)」87億5,700万ドルを丸ごと足し戻すわけではありません。2026年1〜6月は次のとおりです(Bartzの和解金はこの期間にはありません)。
| 項目(百万ドル) | 2026年1〜6月 |
|---|---|
| 純損失(GAAP) | (80,748) |
| +株式報酬費用 | 2,185 |
| +非現金の寄付 | 126 |
| +転換社債などの公正価値の変動 | 72,388 |
| +一部の時価評価の金融商品の公正価値の変動 | 8,720 |
| =調整後純損益 | 2,671 |
足し算を確かめると、△80,748+2,185+126+72,388+8,720=2,671で、原文と一致します。GAAPでは807億ドルの赤字、調整後では 26億7,100万ドルの黒字 です。同じ半年の数字です。
ここで注意したいのは、調整後の数字は会社が定義したものだという点です。たとえば株式報酬費用は、2026年1〜6月だけで21億8,500万ドルあり、GAAPでは費用です。調整後の数字は、それを除いた後の姿です。どちらか一方だけを見るのではなく、両方を並べて読むのが大切です。
現金の動き:営業キャッシュフローが初めてプラスに
損益と並んで見たいのが、キャッシュフロー(現金の出入り)です。単位は百万ドルです。
| 区分 | 2023年 | 2024年 | 2025年 | 2025年1〜6月 | 2026年1〜6月 |
|---|---|---|---|---|---|
| 営業活動 | (1,627) | (5,692) | (2,637) | (1,513) | 3,929 |
| 投資活動 | (2) | (22) | (3,077) | (49) | (17,181) |
| 財務活動 | 2,320 | 7,248 | 19,960 | 4,749 | 110,774 |
2026年1〜6月、営業活動のキャッシュフローは39億2,900万ドルのプラスでした。表の期間で初めてのプラスです。純損失が807億ドルでも、営業活動では現金が増えています。会社は増加の理由を、非現金項目を調整した後の純損失の改善と、運転資本の変化(主に仕入先への支払いと顧客からの入金のタイミング)だと説明しています。
財務活動の1,107億7,400万ドルは、主に償還可能転換優先株の発行による入金です。その結果、2026-06-30時点の現金及び現金同等物は1,124億ドル、短期投資は193億ドルになりました。
数字を読むときの注意
最後に、この先の損益に関わる記載を3つ挙げます。
1つ目は株式報酬です。2026-06-30時点で、RSU(譲渡制限付き株式ユニット)の未認識の株式報酬費用が約266億ドルあります。多くのRSUは、上場(登録届出書の効力発生)で業績条件が満たされます。そのため、上場した四半期の費用が大きく増えると書かれています。この費用の累計額は空欄です。
2つ目は、最新の損益が2026-06-30までだという点です。2026年7〜9月の売上の金額は、要約で空欄のままです。
3つ目は、転換社債の時価の変動は、転換などで決着するまで続くという点です。株価や企業価値が動けば、営業の成績と関係なく純損益が大きく振れます。
この記事は、2026-10-26に提出された初回のS-1だけに基づいています。公開価格や株数などは空欄で、今後の訂正版(S-1/A)で数字や記載が変わることがあります。投資判断の助言を目的としたものではありません。
次回は、費用の最大の項目である計算資源を取り上げます。4系統のチップと、2031〜2045年まで続く巨額の購入契約の中身を読みます。
よくある質問
Anthropicの売上はどのくらい伸びていますか。
2026年1〜6月の162億8,600万ドル(16,286百万ドル)は、2023年1年分の約397倍です(16,286÷41=397.2、筆者の計算)。2025年1年分と比べても、半年で3倍を超えています。→ 本文で読む
Anthropicが営業黒字になったのはいつですか。
半年ごとの数字だと、変化の速さが見えにくくなります。S-1には3か月ごとの数字も載っています。単位は百万ドルです。 2026年4〜6月の売上115億5,500万ドルは、2025年1年分(45億8,500万ドル)の2.5倍です(11,555÷4,585=2.52、筆者の計算)。そしてこの3か月で、初めて営業損益が 9億7,400万ドルの黒字 になりました。営業利益率は8%です。→ 本文で読む
2026年1〜6月の純損失807億ドルは、何が原因ですか。
ここからが本題です。2026年1〜6月の損益計算書を、上から順に追います。単位は百万ドルです。 本業の結果である営業損失は6億9,300万ドルです。純損失807億4,800万ドルとの差の大半は、営業損失より下の2行で生じています。→ 本文で読む
調整後の純損益とGAAPの純損失は、何が違うのですか。
S-1は、米国の会計基準(GAAP)の数字に加えて、会社独自の「調整後」の数字も示しています。調整後の営業損益は、営業損益に3つを足し戻したものです。株式報酬費用、非現金の寄付(従業員の寄付への上乗せ制度の費用)、Bartzの和解金です。→ 本文で読む
純損失なのに、なぜ営業キャッシュフローがプラスなのですか。
損益と並んで見たいのが、キャッシュフロー(現金の出入り)です。単位は百万ドルです。 2026年1〜6月、営業活動のキャッシュフローは39億2,900万ドルのプラスでした。表の期間で初めてのプラスです。純損失が807億ドルでも、営業活動では現金が増えています。会社は増加の理由を、非現金項目を調整した後の純損失の改善と、運転資本の変化(主に仕入先への支払いと顧客からの入金のタイミング)だと説明しています。→ 本文で読む
出典
- Anthropic, PBC「Form S-1 Registration Statement」2026年10月26日提出(米国証券取引委員会 EDGAR)
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2130357/000162828026067168/anthropicpbc-sx1.htm
この記事は、記載時点で公表されている法令・通達・国税庁の資料にもとづいて書いています。制度は改正されることがあり、また個別の事情によって取扱いは変わります。実際のご判断にあたっては、税理士にご相談いただくか、所轄の税務署にお確かめください。当事務所は本記事の情報を用いて行われた判断について責任を負いかねます。
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