ふじみの会計事務所公認会計士・税理士|埼玉県ふじみ野市 LINEで相談
メニュー

開示

たった1株で議決権50.1%
Anthropicの上場申請書類(S-1)が書く統治の仕組み

この回は、Anthropic の統治の仕組みを読みます。いちばん意外なのは、上場の直前に創業者側の Founder LLC へ発行される Class F 株です。たった1株で、議決権の50.1%を持つ仕組みです。リスク要因のうち、議決権の集中と PBC の利益衡量の2項目は、要所を原文で読みます。上場後に Class A 株を買う人が、会社の意思決定にどこまで関われるのかが分かります。

公開 最終更新

この記事の要点

Anthropicの上場申請書類(S-1)から、PBC(公益を目的に含む会社)、長期利益信託(LTBT)、創業者のClass F株を読みます。Class F株はたった1株で議決権の50.1%に固定され、増資しても薄まりません。株式の5%にあたる846,840,960株は公益基金へ拠出済み。議決権の集中とPBCの利益衡量の2つのリスク項目は、要所を原文で引いて解説します。

PBC:3つの利益のバランスが法律上の義務

Anthropic は、デラウェア州法の PBC(パブリック・ベネフィット・コーポレーション。公益の実現を目的に含む株式会社)です。上場申請書類(S-1)は、自社の資本構成と統治の仕組みは「他の上場会社と大きく異なる」と書いています。

PBC の取締役会は、次の3つのバランスをとる義務を負います。①株主の金銭的利益、②会社の行動で重大な影響を受ける人々の最善の利益、③会社目的(Company Purpose)です。

公益の成果は「5つのミッションの柱」で測るとしています。AI安全性の技術的な問題が解決されること、AI安全性が法に裏付けられた普遍的な慣行になること、AIが民主主義と世界の安定を強めること、AIが繁栄と人間の幸福を広げること、AIの恩恵が全員に共有されることです。

原文(S-1 Our Governance Structure and Its Goals)

We currently expect that our objectives and standards will be qualitative in nature

日本語訳:当社は現在、目標と基準は定性的なものになると見込んでいます

第三者の客観的な基準で測ることは、定款でも求めていません。デラウェア州会社法366条(b)に基づき、少なくとも2年に1回、公益の推進状況を株主に報告し、ウェブサイトで公表する予定です。

LTBT:お金の利害を持たない受託者が、取締役の過半数を選ぶ

長期利益信託(Long-Term Benefit Trust、LTBT)は、デラウェア州法上の「非慈善目的信託」です。LTBT は Class T 株を通じて、取締役会の過半数を占める Class T 取締役を選任・解任します。

原文(S-1 Our Governance Structure and Its Goals)

Class T common stock has no economic rights.

日本語訳:Class T 普通株式には経済的権利がありません。

つまり、配当も受けず、株価が上がっても得をしない人たちが、取締役の過半数を選びます。ただし LTBT は、日々の経営や戦略を決める権限は持たないと書いています。

受託者の定数は5人で、現在1席が空いています。2026年6月からは、元 FRB 議長の Ben S. Bernanke 氏が受託者を務めています。会社と LTBT のお金のやりとりも、実額で書かれています。

項目金額
受託者1人あたりの年間報酬(現金)400,000ドル
議長への追加報酬(年間)25,000ドル
LTBT への支払額 2023年2,716,750ドル
LTBT への支払額 2024年0ドル
LTBT への支払額 2025年906,089ドル
LTBT への支払額 2026年1〜9月8,425,213ドル

受託者の報酬は、会社の利益に連動しません。受託者は会社の証券を直接買うことも持つことも禁じられています。会計上、LTBT は連結対象の変動持分事業体(VIE。議決権の割合だけでなく、重要な活動を指図する力や損益への関与をもとに、連結するかを判断する事業体)として扱われています。

また、2026年8月には、受託者の Richard Fontaine 氏が CEO を務めるシンクタンク CNAS に、会社が450,000ドルを寄付しています。S-1 はこれを、LTBT・受託者との取引の節に記載しています。

Class F:たった1株で議決権の50.1%

共同創業者は7人です。上場の直前に、7人だけがメンバーの Founder LLC へ、Class F 株を1株だけ発行します。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造)

we will also issue a single share of Class F common stock, a special class of our common stock, to the Founder LLC.

日本語訳:当社はまた、特別な種類の普通株式である Class F 普通株式を1株だけ、Founder LLC に発行します。

この1株は、発行済株式の総議決権の 50.1% にあたる票を持ちます。会社が株式を追加で発行しても、50.1%は変わりません。S-1 は具体例を示しています。Class A 株を1,000,000株追加で発行すると、Class F の票が約1,004,008票、自動で増えるというものです。

検算すると、1,000,000×50.1÷49.9=1,004,008.0…票で、原文の数字と一致します。

その結果、LTBT と Founder LLC の2者で、取締役の全員を選べます。Class A 株主は、どう投票しても株主総会の結果を原則として変えられません。例外は、継続創業者の過半数が投票方法で合意できない場合です。そのときは Class F の票が Class A の投票結果に比例して投じられます。

Class F には終わり方も決まっています。継続創業者が3人未満の状態が90暦日続くと、450日の移行期間が始まります。移行期間が終わると、Class F 株は無償で償還されます。

公益基金への5%と、創業者の80%誓約

お金の面での公益の取り組みも、数字で書かれています。会社は Class N 株846,840,960株を、全額出資子会社の Anthropic Public Benefit Fund に拠出しました。2026-06-30 時点の完全希薄化後(潜在的な株式がすべて株式に転換されたと仮定した)株式数の 5% にあたります。この計算は、Amazon からの転換社債(Amazon Notes)が全額転換されることを前提にしています。

さらに上場後は、公開価格を最初の基準として、株価が直前の基準から50%上がるたびに、取締役会の裁量で、発行済株式の最大2%を追加で拠出できる枠組みを承認しています。基準を超えたと判定されるのは、直近120取引日のうち90日以上、終値が基準を上回った場合などです。

共同創業者は各自、保有株の80%を慈善に充てると誓約しています。ただし S-1 は、この誓約は任意のもので撤回もでき、法的な拘束力はないと書いています。従業員の寄付を Class N 株で上乗せする寄付マッチング制度もあり、その費用は2025年に5億4,100万ドル(541百万ドル)でした。営業費用合計の約4%です。

【リスク項目①】議決権は LTBT と Founder LLC に集中する

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/見出し)

Our capital structure will concentrate voting power with the LTBT and the Founder LLC for the foreseeable future and will result in the LTBT and the Founder LLC having voting power that is not derived from or proportionate to economic interests in our company.

日本語訳:当社の資本構成は、予見可能な将来にわたり議決権を LTBT と Founder LLC に集中させ、その結果、LTBT と Founder LLC は、当社に対する経済的持分に由来せず、それに比例もしない議決権を持つことになります。

1つ目は、議決権の集中についてのリスク項目です。見出しを含めて4段落あります。ここまで見た Class T 株と Class F 株の仕組みを、リスクの側から書いています。Class T 株は期限の定めなく発行されたままで、取締役会と受託者などの承認があれば、変更・償還や譲渡もできるとしています。Class T 株が LTBT と関係のない者に渡っても、PBC である限り、取締役は全員、公益目的の規定を含む定款などに従う義務を負うと書いています。Class F 株は、継続創業者が3人未満の状態が90暦日続くと始まる移行期間の完了などで、役目を終えます。要点は、議決権が経済的持分(会社の価値に対する取り分)と切り離されていることです。そのため、LTBT や創業者が、会社目的を他の株主の金銭的利益より優先する可能性があると明記しています。共同創業者の議決権の割合は、初回の S-1 では空欄です。

Class F 株の議決権は、次のように定められています。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/第2段落)

Our Class F common stock will entitle the Founder LLC to an aggregate number of votes that equals 50.1% of the total voting power of our outstanding shares of capital stock…

日本語訳:当社の Class F 普通株式により、Founder LLC は、当社の発行済株式の総議決権の50.1%に等しい合計票数を持ちます。

Class T 株の設計は、意図したものだと書いています。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/第1段落)

We intentionally structured the Class T common stock in this manner to preserve long-term flexibility if circumstances change.

日本語訳:当社は、状況が変わった場合に長期的な柔軟性を保つため、意図的に Class T 普通株式をこのように設計しました。

投資家に向けては、利害の違いをはっきり書いています。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/第3段落)

Moreover, the LTBT, Founder LLC, and our individual co-founders may have interests that differ from yours and may vote in a way with which you disagree and that may be adverse to your interests.

日本語訳:さらに、LTBT、Founder LLC および個々の共同創業者は、皆さまとは異なる利害を持つ可能性があり、皆さまが同意しない形で、また皆さまの利益に反しうる形で議決権を行使する可能性があります。

この状態がいつまで続くかについても、見通しを書いています。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/第3段落)

This divergence of voting power from economic interests in our company is likely to persist for the foreseeable future…

日本語訳:このような議決権と経済的持分の乖離は、予見可能な将来にわたって続く可能性が高いものです。

会計士の読みどころ

この項目は、議決権と経済的持分が切り離されていることを、隠さずに正面から書いています。Class T 株は経済的権利がないのに取締役の過半数を選び、Class F 株は1株で50.1%を持ちます。株主の「取り分」と「発言権」が一致しないことを、投資家は前提として受け入れることになります。受託者の報酬を現金に限り、会社の証券の保有を禁じた点は、利益に左右されない判断を担保する工夫として読めます。共同創業者の議決権の割合が空欄なので、訂正版で埋まる数字に注目です。

【リスク項目②】PBC の利益衡量は、財務上の利益と相反しうる

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/見出し)

Our focus on the long-term best interests of our company as a PBC, and the duty of our directors to balance the pecuniary interests of our stockholders, the best interests of those stakeholders materially affected by our conduct, and our Company Purpose, may conflict with short-, medium-, or long-term financial interests and business performance, which may negatively impact the value of our Class A common stock.

日本語訳:PBC として当社の長期的な最善の利益を重視すること、ならびに株主の金銭的利益、当社の行動によって重大な影響を受ける利害関係者の最善の利益、および会社目的のバランスをとるという取締役の義務は、短期・中期・長期の財務上の利益や事業の業績と相反する可能性があり、それが当社の Class A 普通株式の価値に悪影響を及ぼす可能性があります。

2つ目は、PBC としての利益衡量(3つの利益のバランス)についてのリスク項目です。見出しを含めて6段落あります。会社が実際に収益を見送った例が、具体的に並んでいます。完全自律型兵器の開発・運用と大規模監視への利用を禁じ、それが生みうる収益があっても認めてこなかったと書いています。Mythos は当初、Project Glasswing を通じた限定的な研究プレビューとしてだけ公開しました。さらに、取締役は会社目的を考慮することを「許されている」のではなく「義務づけられている」と書いています。PBC であるため敵対的な買収提案を拒みやすく、買収を通じて投資を回収できる余地が限られる可能性にも触れています。資源の相当な部分を公益の取り組みに振り向ける予定で、それが収益を減らし費用を増やしうるとしています。

制限を守ることの代償は、過去形でも書かれています。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/第2段落)

Maintaining these limitations has had, and may continue to have, adverse commercial and financial consequences.

日本語訳:こうした制限を維持することは、商業上・財務上の不利な結果をもたらしてきましたし、今後ももたらし続ける可能性があります。

作らないと決めた製品も、名前を挙げています。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/第2段落)

Similarly, we have chosen not to develop certain commercially attractive offerings, such as image and video generation models, in order to direct our compute toward our research and safety priorities.

日本語訳:同様に、当社は、計算資源を研究と安全という優先事項に振り向けるため、画像生成モデルや動画生成モデルなど、商業的に魅力のある一部の提供物を開発しないことを選んできました。

取締役の義務については、次の一文が核心です。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/第3段落)

Thus, our directors are not merely permitted, but obligated, to consider our Company Purpose and the interests of other stakeholders.

日本語訳:したがって、当社の取締役は、会社目的と他の利害関係者の利益を考慮することを、単に許されているのではなく、義務づけられています。

その義務の中身は、まだ裁判で固まっていないとも書いています。

原文(S-1 リスク要因・ガバナンス構造/第3段落)

In addition, there is very limited judicial precedent interpreting the balancing requirement applicable to PBCs under Delaware law, particularly for companies with significant scale or visibility, or with a scope of PBC purpose similar to ours.

日本語訳:加えて、デラウェア州法のもとで PBC に適用されるバランス要件を解釈した判例はごく限られており、とりわけ、規模や注目度が大きい会社や、当社と同様の範囲の PBC 目的を持つ会社についてはそうです。

会計士の読みどころ

この項目は、将来のリスクだけでなく、「すでに選んだ方針」の財務上の影響も書いています。収益を見送った具体例を挙げ、その不利な結果が「これまでも生じた」と過去形で認めている点が読みどころです。取締役が守るべき基準は「十分な情報に基づき、利害関係のない立場で、合理的な目的に資する判断」とされ、株主の金銭的利益が優先される保証はないと明言しています。公益の取り組みは収益を減らし費用を増やしうるとあり、Public Benefit Fund への5%拠出と合わせて読むと、規模感が分かります。

まとめと、次回

Anthropic の統治の仕組みは、3つの層でできています。PBC として3つの利益のバランスをとる義務、経済的利害のない LTBT による取締役の過半数の選任、そして1株で50.1%を持つ Class F 株です。Class A 株主は配当や値上がりの取り分は持ちますが、意思決定への影響力は限られます。

なお、この記事は2026-10-26に提出された初回の S-1 に基づいています。公開価格、株数、共同創業者の議決権の割合などは空欄で、今後の訂正版(S-1/A)で変わる可能性があります。また、投資判断の助言ではなく、特定の株式の売買をすすめるものでもありません。

次回は連載のまとめです。会計士の目で読んだ S-1 の10のポイントと、日本の有価証券届出書との違いを整理します。

よくある質問

Class F 株はなぜ1株で議決権の50.1%を持つのですか?

共同創業者は7人です。上場の直前に、7人だけがメンバーの Founder LLC へ、Class F 株を1株だけ発行します。 日本語訳:当社はまた、特別な種類の普通株式である Class F 普通株式を1株だけ、Founder LLC に発行します。→ 本文で読む

会社が株式を追加で発行すると、Class F の議決権はどうなりますか?

共同創業者は7人です。上場の直前に、7人だけがメンバーの Founder LLC へ、Class F 株を1株だけ発行します。 日本語訳:当社はまた、特別な種類の普通株式である Class F 普通株式を1株だけ、Founder LLC に発行します。→ 本文で読む

LTBT の受託者はいくら報酬を受け取っていますか?

長期利益信託(Long-Term Benefit Trust、LTBT)は、デラウェア州法上の「非慈善目的信託」です。LTBT は Class T 株を通じて、取締役会の過半数を占める Class T 取締役を選任・解任します。→ 本文で読む

Anthropic Public Benefit Fund には何株を拠出しましたか?

お金の面での公益の取り組みも、数字で書かれています。会社は Class N 株846,840,960株を、全額出資子会社の Anthropic Public Benefit Fund に拠出しました。2026-06-30 時点の完全希薄化後(潜在的な株式がすべて株式に転換されたと仮定した)株式数の 5% にあたります。この計算は、Amazon からの転換社債(Amazon Notes)が全額転換されることを前提にしています。→ 本文で読む

PBC の取締役は、株主の利益を最優先にしなくてよいのですか?

日本語訳:PBC として当社の長期的な最善の利益を重視すること、ならびに株主の金銭的利益、当社の行動によって重大な影響を受ける利害関係者の最善の利益、および会社目的のバランスをとるという取締役の義務は、短期・中期・長期の財務上の利益や事業の業績と相反する可能性があり、それが当社の Class A 普通株式の価値に悪影響を及ぼす可能性があります。→ 本文で読む

出典

  1. Anthropic, PBC「Form S-1 Registration Statement」2026年10月26日提出(米国証券取引委員会 EDGAR)
    https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2130357/000162828026067168/anthropicpbc-sx1.htm

この記事は、記載時点で公表されている法令・通達・国税庁の資料にもとづいて書いています。制度は改正されることがあり、また個別の事情によって取扱いは変わります。実際のご判断にあたっては、税理士にご相談いただくか、所轄の税務署にお確かめください。当事務所は本記事の情報を用いて行われた判断について責任を負いかねます。

開示書類の作成・チェックのご相談

有価証券報告書・招集通知・臨時報告書・適時開示などの作成とチェックを、公認会計士が承っています。事業等のリスクの書き方や、数字と本文の整合の確認もご相談ください。